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言問だより

【 平成十六年 弥 生  】
 
平成17年度は教科書改訂

算数で発展的学習を強化

本紙創刊号でもお伝えしましたが、文部科学省は「ゆとり教育」主義に基づく平成十四年度の指導要領改訂の結果をふまえ、「学力重視」型への方針転換を盛りこんだ小学校の教科書改訂を、来年平成十七年度に実施することとしています。改訂版教科書の内容は、教科書が生徒の手にわたるまで厳として一般の目には触れないものですが、本紙発行所で現在知り得る限りのことをお伝えしましょう。
来春、教科書は一斉に内容が変わりますが、指導要領自体の改訂ではありませんので、<学校で教えるべき内容>も基本としては変わりません。ただしこれまでの間に、指導要領の部分改正が行なわれ、「学校において特に必要がある場合には、この事項にかかわらず指導することができる」とされたことから、《発展的学習》の部分に、指導要領の範囲や程度を超えたものが取り入れられる(復活する)見通しです。過去の経緯から考えて、象徴的なところでは五年生での台形の面積の公式『(上底+下底)×高さ÷二』や、小数第二位以下をふくむ計算などが、ここに入るだろうと予想されます。

現在の小学生、中学生たちの特徴に、はじめて見ることがらに対して「習ってないからわかりません」と口をそろえる傾向があります。それが単純な「勉強」「学問」に対する個人の姿勢の問題ではすまなくなってしまうのが、来年度の小学校、再来年度の中学校それぞれの教科書改訂という、眼前に迫った事態なのです。
具体的に例を挙げましょう。今年小学四年生に進級したお子さんの場合、五年生段階で新しい改訂版教科書を使用することになります。この時点でも、それまでの学習状況によっては教科書がむずかしく感じられるでしょう。そして六年に上がる時点で、中学校の教科書も改訂されています。五年・六年の二年間、どのような勉強をしているかは、先の指導要領部分改正の文言にある通り、小学校の判断次第です。何とも予測しにくいところですが、一点容易に想定できる問いかけは、中学校に上がった時、中学校側が「もっとも基本に忠実な指導のみで卒業させた小学校」の指導レベルに合わせた授業をしてくれるかどうか、ということでしょう。あくまで公立中進学を前提とした想定ですし、地域によっても差異はありますが、現状で知っておくべきことの一つではありましょう。子どもが成長してゆく時代に、指導要領や教科書がどういう状況にあるかということは、個人の選択に帰する余地がまったくない、先天的な条件です。そして一般のご家庭では、そもそもそんな状況にあることすら、知り得ない場合が多いでしょう。本紙上でも可能な限りの情報をお伝えしていきますが、なるべく多くのご家庭に実情を知っていただけるよう、六月に最新教育情報を含む教育講演会を実施します。

 

荒れた都立高入試

今年の都立高入試は、各地で「厳しかった」という声が聞かれました。注目を集めた日比谷高校の実質倍率二・一九倍を筆頭に、現行制度移行後最高と言われた昨年と同等、あるいはそれ以上の人気となった高校が多く、番狂わせや併願私立への入学等、「荒れた入試」 であったことが感じとれます。

学区撤廃の影響も次回で三年目のこととなり、単純に「学区外でも受けられる」というだけでなく、本当に自分に合った、自分の行きたい学校を選ぶ方向に、受験生の意識づけがなされるでしょうし、その中で、学校ごとの評価や人気もまた変動しはじめるものと思われます。白鴎高校の中高一貫スタートという目玉もあり、来年の受験情報からも目をはなすことはできません。詳しい情報が入り次第、紙上にてお伝えします。なお弊紙実践教室の都立高入試は、おかげさまで良い結果が得られました。

第2回 お正月百人一首大会

周辺の小中学校でも、積極的にとり入れられている百人一首。カルタ競技としての面白さと、文学の心、古典の味わいをともに知ることのできる希少な教材です。
東大前教室では、じつは前々から、中学校の定期試験対策授業で「中学生語訳百人一首」による独自の生徒向け鑑賞を実施しています。そしてこのほど冬休み中の一月五日に、小学生高学年+中学一年、および中学二年のグループ別に、競技(取り札)としての百人一首大会を実施しました。
塾生のほか、お友だちや近所のお子さんの一般参加もふくめて競技は白熱。各組とも優勝は三十五枚の札を取った、飛び入り参加組の栄誉となりました。次回以降も幅広い参加と健闘とを待ち望んでおります。

「のちの世のために 」

「歩き読み」ということから話をはじめましたが、実はこの二十年ほどのことで、いくつかこうした行動様式、規範意識の曲がり角というべき事象がありました。
はじめはヘッドフォンステレオ。そして「ら」抜き言葉、さらには携帯電話。社会のありようを変えうるものがあらわれた時、それに大人や社会がどういう対応をしたかということが、後世から見て非常に大きな意味を持っています。「ら」抜き言葉が問題になった時、多くの国語審議委員は容認しました。携帯電話が普及する際、ヘッドフォンステレオのような騒音問題が起こることは自明の理でした。それでも問題が起こるまで、当時の社会はすべて容認してきたのです。現今目にあまる「歩き読み」は、明らかに携帯電話のメールによる悪弊でしょう。原因はともかく、これをこのまま放置するか否かに、いまの大人たちの未来への責任が問われています。「歩き読み」の放置は運転者にまで波及して、やがて取り返しのつかない事故に結びつくでしょう。現に自転車で本を読む輩も目にします。
このような小さな紙面からの小さな声でも、やがては大きな力となり、何かを変えることもできる。
私が今までの人生で学びとってきた信念を、最後に書き添えます。

Vol.5 「偏差値」

昔からよく使われ、受験生にとっては大変気になる数字。偏差値偏重の弊害なども指摘され、「ゆとり教育」実施の一因ともなりました。たしかに「偏差値信仰」のような絶対視には反対です。が、全体の中での学力を把握するための指標として誤りなく用いることは、特に中学校の評定が絶対評価になった今日では、必要なことでもあります。計算式は割愛しますが、大体のところ、平均点と同じなら偏差値は五〇になり、得点の

実態に応じて七五~二五ぐらいの値をとります。模擬試験での自分の偏差値と志望校のそれとを照らし合わせれば、方向性も見えてきますね。有効に使いましょう。

~みすずかる信濃④

中央自動車道にも同じ名前のトンネルがありますが、東京都から、いったん通り過ぎる神奈川県との境では、小仏(こぼとけ)トンネルを通り抜けます。

トンネルを出る瞬間、左うしろをふりかえると、堰堤(えんてい)があり小さな滝がおちています。「ああ、山国に入った」と実感する、旅の感激のスタートです。相模湖、藤野のふた駅をすぎれば、山梨県。相模川の上流である桂川に沿って、山と谷の眺めがみごとです。

明治時代は日本一長かった笹子トンネルを抜け、さらにいくつかトンネルを数えると、やがて広がるのは甲府盆地。春には桃の花、秋はぶどう棚、そして四季折々に南アルプスをはじめとする山のすがたが、旅するものの心をなぐさめます。甲府を過ぎると、汽車は八ヶ岳、そして信州をめざして長いゆるやかな上り坂へ。七里岩と呼ばれる、八ヶ岳の裾野の一部をよじ上る夜汽車の遠景は、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』のモチーフのひとつとも言われています。

(つづく)

その五.「珊瑚(さんご)」

旅をしていて、心ひかれるもののひとつに、その土地ならではのうつくしい宝飾品があります。前に『ひとり旅』でも書きましたが、甲府の水晶、志摩の真珠、新潟は糸魚川の翡翠(ひすい)など、代表的なものですね。

南の海への旅と言えば、珊瑚を思い出します。沖縄に行った時も求めましたが、心に沈むものをひそめた足摺岬への旅で手にした珊瑚は、ふかい紅(くれない)に深海の神秘をたたえ、若き悩みをなぐさめてくれました。

深い海底から採取してくる苦労を思い、きれいな宝玉に磨き上げるまでの技に思いをめぐらすと、そのひとしずくの珊瑚の玉に、今も言いようのないなつかしさを覚えます。

今月のトピック 「純米・吟醸・大吟醸」

いっときの吟醸酒ブームも一段落したようですが、「純米」「吟醸」「大吟醸」という言葉は知っていても、ではそれぞれがどういうことかと説明を求められると、返事に困る方も多いのではないでしょうか。

「純米酒」とは文字通り、米と水だけで造るお酒のこと。つまり、醸造用のアルコールを使わないという意味が、ここにはこめられています。

「吟醸酒」は、原料の米を精米し、芯の良い部分だけを使って造るお酒のことです。このうち精米歩合六〇%以上のものを大吟醸と呼び、特に上質のお酒と位置づけるわけですが、各銘柄ごとの特性や、料理との相性、個人の好みもありますので、詳しくはモンマートみかわやでおたずね下さい。

ちなみに私が飲んだ最高のお酒は、『雪中梅』の純米大吟醸。十八年前のひと冬だけの恵みでした。それにまつわるエピソードは別稿にて。

 

ライトは早めに!

自転車で、「暗くなったらライトをつけよう!」ということは、前にも言いました。春から夏にかけては、夕方暗くなるのがどんどんおそくなっていきます。遊ぶのがたのしくて、ついつい暗くなるのにも気づきにくくなりますね。
車から見て、ライトをつけていない自転車は、そこにいないのと同じです。いまの季節こそ、暗くなりかけたら早めにライトをつけるように心がけましょう。自分のためにね。 これはホントは、車に乗っている大人の人にもっと強く言いたいことです。

高校無償化について

街を歩いていて、この半年ほどとくに気になることがあります。若者・中高年の区別なく、本や新聞などを「歩き読み」する人が急増していることです。
以前から、書類や理工書など読みながら歩く人が皆無だったわけではありません。しかしそれはあくまでも例外的な人たちでした。現在の「歩き読み」は明らかに、それが一般の風潮になりつつあることを示しています。これを看過ごしてよいのでしょうか。
「歩き読み」をやっている人たちは、自分は注意しているから大丈夫、と言うのでしょう。車に乗る時はやらないよ、とも言うでしょうね。しかし人の習慣、もしくは危機意識、規範意識というものは、必ず緩い方向に固まってゆくものです。現に自転車に乗りながらの携帯メールも急増中。平和ボケの象徴と言ってしまえばそれまでですが、この風潮をどのように捉え、対するかということは、日本という国の将来を左右することだと私は考えます。二ページからの「二十一世紀の私たち」に私見を述べますので、どうぞ忌憚のないご意見をお寄せ下さい。

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漂うことば

やはらかに柳青める

北上の岸辺目に見ゆ

泣けとごとくに

意味

(作)石川啄木 

  石川啄木は、旧制盛岡中学(現岩手県立盛岡第一高校)の出身。「石をもて追はるるごとくふるさとを」出て、東京や函館、釧路などに移り住む。小説家を志すが果たせず、代用教員や新聞社勤めなどになずみつつ、父や妻子の生活を身に負って、生活は生涯困窮していた。歌集『一握の砂』により、歌人としては一躍名声を得るも、肺結核のため二十六歳の若さで没。作品は《三行書き》で知られる。

漂うことば

弥 生 (やよい)
旧暦(陰暦)三月の別称。草木がいよいよ生い茂る『いやおい』の転。新暦では春分を含み、春本番をむかえる。雪国は雪解けの季節でもあり、言葉そのものにあたたかなひびきが満ちている。

漂うことば

Class.5 
阿蘇山と桜島

今なお勇壮な煙を噴き上げる火山として、九州の阿蘇山、桜島はとても有名です。世界最大級といわれるカルデラ型活火山である阿蘇山は、阿蘇五岳と呼ばれる中央火口丘や外輪山の険しさと、草千里ケ浜などでゆったりと放牧をしている高原のイメージとの対比が大きな特徴です。いっぽう桜島は、見る時間によってさまざまに表情を変えると言われ、雄大な山のいただきから、いつも煙をもうもうと噴き上げています。会社によっては、桜島のある県に赴任する時は「降灰(こうばい)手当を支給するほど。さあ、この二つの火山があるのは、それぞれ何県と何県でしょう。ヒントは<新幹線>です。
<前号の答え> 島根県です。場所を確認しましょう。